あの人が待っているから帰りたくなる家がある。
そう思える家作りと環境作りしていますか?
「あの人の家庭は温かそうでいいな…」という、羨ましい気持ちはどこから来ていると思いますか?
どんな差があるのでしょうか?
自分は幸せだと思えないと回答する人の多くは、自分の心が癒えていないことが原因のように考える傾向があります。
自分の心が癒えるとは、どういうことでしょうか?
私だって(俺だって)疲れているのよ!どうして、相手の事ばかり気遣わなければいけないの?
この自我が出てきてしまうと、様々な問題が勃発しやすくなります。
[topic color=”red” title=”こんなあなたに読んで欲しい”]
人と比べてしまう癖のあるあなた
自分の家庭が幸せだと感じられないあなた
自分だって労って欲しいと、疲れてしまっているあなた
[/topic]
【AYAME2コマ劇場】
1.猫は、自由な生き物です。でも、家に帰る習性がありますよね。
2.家に帰ってきた猫は、とっても自由にゴロゴロしていますよね。
誰だって、無限の体力・気力があるわけではありません。
そんな自分と家族が合わさって、1つの家庭は成り立っています。
でも、ただ1つの集団に属しているだけ…では、幸せな家庭とは呼べないかもしれませんよね。
そんな中でも大切な言葉の1つである「おかえりなさい」に注目したコラムです。
普段どのように挨拶の言葉を口にしていますか?
日本語の挨拶には、同じ言葉で違う意味に使う単語は、ありませんよね!
朝…おはよう(ございます)
昼…こんにちは
夜…こんばんは
出掛ける時…いってきます・いってらっしゃい
帰ってきた時…ただいま・おかえりなさい
感謝を伝える時…ありがとう
謝りたい時…ごめんなさい
このように、時の挨拶には、箸と橋のような同音異義語は、ありません。
聞き間違えることも、使い間違えることもなく、それぞれ意味がありますよね。
日本人が聞く、英語のHelloには、こんにちはと電話のもしもし…という意味があります。
<問題点>
自分から言葉を発するには、何か自分が満足していないと言えないものなのか?
相手が、気分の良くなる空気へと努力しないから、自分は努力しない。という結論を出すことはどうなのか?
日々を生きることは、いろんな出来事や感情がペアで付き纏っていますが、その時に合った適切な挨拶をしていますか?
それとも、自分の置かれた状況の感情に任せて、肝心な挨拶をおざなりにしてしまっていますか?
自分の家の居心地度を考えてみよう!
自分の家がないと言う人もいるかもしれませんが、多くの方は、自分の家がありますよね。
その自分の家の居心地は、いかがですか?
1人暮らしでも、同棲でも、核家族でも、二世帯でも、居候でも、何らかの家の空間はありますよね。
思い浮かべてみて下さい。
あなたの家の居心地や快適度は?
自分が暮らす家は、衣食住という人としての生活をする基本ベースがありますよね。
雨風が凌げるだけでなく、そこで生活をするわけですから、体だけでなく、心も休まる場所でありたいですよね!
家に帰っても、気を遣い続け、心が休まらなかったり、家族が仕事や学校などで、出掛けて、1人でいる時間が休まるという状態では、快適で居心地が良いとは、言えないですよね。
でも、自分の努力だけで、居心地が良く、快適な空間に出来るか…と言われると難しい部分もあると思います。
ここでは、素直に自分の中の居心地度・快適度を具体的に何%という形で評価してみましょう。
合わせて理由があると、これからを見つめやすくなります。
あなたの家族は、居心地度・快適度をどのように感じているだろうか?想像してみよう!
次に考えておきたいのが、想像です。
直接聞かなくて良いのです。
想像することが大切なのです。
先に、あなた自身の居心地度・快適度を考えてもらいました。
次に考えるのは、あなたが一緒に暮らす人の居心地度・快適度を想像してみて欲しいのです。
あなたが思うパートナー、親、子どもなど…いろんなケースがあると思いますが、一緒に暮らしている人は、どの程度満足して暮らしているのかを考えてみましょう。
休息にはどれだけのものが必要だと感じている人が、一緒に暮らしているのでしょうか?
自分の事は、割り出しやすいものです。
あなたが知る家族が外に出て、どれだけの体力・気力を消耗して帰宅しているのかを見つめてみましょう。
家族と言えども…それぞれ「個」であり、人であることに変わりない
友達だったら、学校・会社・近所の人だったら…気遣った態度を取ることは、当たり前に出来るかもしれませんよね。
しかし、同じ屋根の下で暮らす家族となると…家に帰ってきた時くらい、いいじゃない!とワガママな態度を取ってしまいがちです。
自分の喜怒哀楽をそのままぶつけてしまいやすい相手は、他人よりも家族です。
居心地が良く、快適な空間を作ろうと思うのならば…同じ屋根の下で暮らす家族にだって、気遣いは「お互い」必要なものです。
1番鬱陶しく感じられてしまう存在は、一家にとって、1番大切であるはずのお父さんですよね!
威厳のある父親というイメージは、現代では薄くなり、虐げられ、居場所を無くしてしまうお父さんが増えてしまったように思います。
女性は、強くなったものですよね!
また、子どもは、昔と違い「履き違えた自由」を手にするようにもなってしまったと思います。
昔のままだったら良かったのか…というのも疑問ですが、ただ、それぞれの「我」を強く出し合って、譲り合うことも、お互い様ということもない日々を過ごしてしまいがちなのが現代です。
家から外に出たら、戦場と同じ!みんな沢山の敵と闘って帰ってくる…
昔から言われることであるのですが、今時は、戦争を知らない世代がほとんどを占めています。
戦場という比喩もピンと来なかったり、考えにも至らなかったりするものです。
敵とまでいかなくとも、家のように好き勝手できる場所でないのが社会と言うものです。
家から外に出るということ…
外出何て当たり前でしょう?と思われるかもしれませんが…
どんな人にも、家から外に出て、出会う人には、馬の合う人・馬の合わない人がいると思います。
馬の合う人にしか出会わないし、接点を持つことがないという環境の方がもしいらっしゃれば、とても幸せなことでしょう。
しかし、多くの人は、馬の合わない人・苦手な人とも接点を持たないと社会生活を送ることは、不可能です。
それは、幼稚園・保育園に通う子どもであっても同じだと思います。
家から外に出たら、気の合わない人・馬の合わない人・苦手な人…という、自分にとってマイナスに働く人間と接点があるということを認識する必要があります。
それは、専業主婦にだって言えることです。
ご近所付き合いで、顔を合わせる必要があったり、自治会・子供会等で接点を持つことだってあるものです。
隣に家がないという人の方が少ないものです。
よく、専業主婦は気楽だ…というような事を言ったりしますが、昔ほどの近所付き合いをしなくとも、何かしら地域の会に出向くのは、女性の仕事という家も多いです。
同じ家で暮らす全ての人が、何かしら社会との接点を持ちながら、気を揉む境遇と多かれ少なかれ闘いながら過ごしていると言うことには変わりありません。
一緒に暮らす家族が、外出したら…嫌な思いをしたかもしれないと思うことが大切◎
見出しだけだと、ネガティブな発想に聞こえてしまうかもしれませんが、そうではありません。
嫌な思いをしたかもしれない…
この「かもしれない」という想いを持ってあげることは、相手に対する労いになるのです。
頑張っている自分って、誰かに労ってもらいたいと愚痴をこぼしたりしますよね。
特に、その労ってもらいたいと思う相手は…夫婦・親というところであると思います。
旦那さんは、奥さんに労われたいと思うでしょうし、奥さんも旦那さんに対して思うでしょう。
そして、子どもは、親に認められたい・褒められたいと思うものです。
よって、家族みんな労われたいと思っているという事です。
それを見返りとして、表現したりするかは、個人差があるのでわかりませんが、労われて、腹を立てる人はいません。
「おかえりなさい」が心に届き、癒しの言葉になる理由
ここで、今回のコラムの本題です!
「おかえりなさい」が、何故、心に届き、癒しのの言葉になるのでしょうか?
「おかえりなさい」を言う習慣はありますか?
近頃、旦那さんを待たずに先に寝る奥さんも増えたように思います。
旦那さんの仕事の拘束時間や出勤時間によると思いますが、必ず「おかえりなさい」が言える環境ではないですよね。
私もかつての結婚生活では、同じ時間を稼働できず、疲れ果てて寝落ちしてしまっていたこともあります。
生活リズムの違いで、同じ屋根の下に暮らしていても、顔を合わすことなく暮らすのは、寂しいものですよね。
そして、夫婦仲が冷めてくると…会話が減って、肝心なことも言わなくなってしまったり…
思春期の子どもにしたら、イライラするから「ただいま」も言わずに帰ってくることがあるかもしれません。
まず、「ただいま」を言わない人がいる、また、「ただいま」を聞く時間に生活していない…だから、「おかえりなさい」を言わないという悪循環になってしまっていたりするものです。
どちらが先にということもないと思いますので、顔を合わせた時には、自分から、「ただいま」や「おかえりなさい」を口にすることが、第一歩かなと思います。
「おかえりなさい」には、どんな意味が含まれているのか、どんな意味を含んで言うべきなのかを考えよう!
ここまで、その時々に合わせた挨拶をしよう!という話だったり、家の大切さだったり、家から出たら、そこは戦場であるという話をしてきました。
沢山の敵と闘って帰ってきた家族に対して、一番最初に伝える言葉が…
「おかえりなさい」
と、家の中にいる人は挨拶するものですよね。
外で、良い経験だけをして帰ってくるわけではないと伝えましたよね。
そんな家族に対して言う「おかえりなさい」
そこには…
沢山の敵と闘って、お疲れ様でした。
ここは、あなたのお家ですよ!もう、闘いは、終わりましたよ。
安心して、家に上がって下さいね♡
私は、そんな意味を込めて「おかえりなさい」と言うべきであると思います。
だから、「おかえりなさい」は、心に届く癒しの言葉になるのです。
もしも、不愛想に「おかえりっ…」と言われたら、その家の空間は、荒地ですよ…安らぎがあることを祈って誰しも、社会という場から帰宅するのです。
嬉しかったことがあっても、言えない空間
嫌だったことがあっても、解放されることのない空間
そんな空間があなたの家であったら…寂しいですよね。
【まとめ】温かいご飯や笑顔で迎えてあげることの大切さを考え直そう!
誰が、ご飯を作る係かを決めているわけではりませんが、女性が家事をこなす事が、まだまだ多いですよね。
男性は、その分、外で働いて稼いで帰ってくるのです。
その男女の差がなくなってきたと言っても、まだまだ、男性が外で稼ぎ、女性が家を守るという家庭の方が多いと思います。
そして、お子さんのいる家庭では…
お子さんが、毎日、幼稚園・保育園・学校に行くことが当たり前と思ってはいけません。
長男も不登校だった時期がありました。
いつ、自分の子どもが不登校になるかわからないのです。
仕事に行き、学校に行き…という生活は、当たり前ではないのです!
いつ病気になるかわからない、いつ問題が起きて、出社拒否や不登校になるかもわかりません。
ネガティブを想定しろと言っているのではありません。
そんな、何気ない暮らしそのものが感謝の塊なのです。
そんなことを今一度考えて頂き、自分の家族に
「おかえりなさい!今日も頑張ってくれてありがとう♡お疲れ様でした」
そう伝えられる自分になりたいですね!
そんな笑顔が待っている家に帰れたら、とても居心地が良いでしょうし、明日も頑張ろう!と身体をしっかりと休められますよね。
そんな風に伝えられていたら
「いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう!だから、また頑張れるよ!」
という返事が返ってくるのではないでしょうか?
こういう習慣を持っていると、思わぬ時にサプライズな感動を家族は返してくれるものですよ!
女性から言うべきだと取れるかもしれませんが、あくまでも例です!
<結論>
当たり前に思えることから、感謝してみると「おかえりなさい」だけでなく、全ての言葉が、心に届く癒しの言葉に感じられるようになり、とても気持ちの良い波動が押し寄せてくると思います♪
そんな幸せを感じてくださいね♡
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夫婦のことで息詰まる気持ちを感じる方は、少し自分のことを見つめてみましょう。
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