心を癒やし導くセラピスト・東洋医学のスペシャリストが提唱する

「友達許せない」理解出来なくなったら友達やめるは正解?

 







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はじめまして サイトオーナーのイーリスです。

私が描くコラムは、理想論でも空想論でもありません。

私が今日までに培ってきたノウハウや経験してきたものを書き綴っています。

あなたは、どんな毎日を過ごしたいですか?

私は、いつもどんな今日を過ごすか、どんな明日にしていくかを考えて生活しています。

案外考えずに「今」や「過去」にばかり目が行ってしましがちですよね。

私も以前は、そんな風に過ごしていたんですよ!

詳しくは、プロフィールへお越し下さい。

ある日見てしまった友達の姿が、今まで知っていた姿と違った。

そんな態度を取るような人だと思わなかった。

自分の中にあった”信頼”が崩れ落ちたように冷めていく友達への気持ち。

このまま友達として過ごしていけるんだろうか?

頭の中に浮かぶことは、信頼を失った気持ちばかり…。

 

こんなあなたに読んで欲しい

友達の言動に絶望してしまったあなた。

知ってしまった裏の顔が頭から離れず、今まで通り接することが難しいあなた。

どの姿が友達なんだろうか…どう考えていいのかわからないあなた。

 

【AYAME3コマ劇場】

1.本当は知りたくなかった友達の”顔”

2.信頼や尊敬は、たった一瞬で消えてしまう…

3.揺れ動く気持ちは、友達をやめるか、やめないか…

 

自分の中にある「ルール」を崩された時、いろんな感情を抱くのが人の心でもありますね。

その意外さや持っていた信頼度によって、相手との今後の関係を左右する思いに駆られ、苦しむものです。

そんな時、どう考えるべきか…

「許せない」と思った自分の心は”真実”なのか…

そんなことを考えていきましょう。

 

 

自分が見てきた友達の顔は、本当の顔だったのか?

 

意外な事が起きて、大きなショックを覚えるような一面を見てしまうことは、しばしば起こりますね。

 

そんな時、まず考えて欲しいこと…

 

 

友達があなたに見せてきた顔が100%だったのか?

 

 

そう聞かれたら、たちまち考え込んでしまうかもしれませんね。

そして、あなたは100%の自分を見せてきたのでしょうか?

 

 

そもそも、自分の100%の「本来の姿」って、どこにあるのでしょうか?

 

 

あなたといたら「素」の私でいられるとよく言うけれど…

そもそも、「素の私」でさえどこにいるのでしょうか?

 

そうじゃない時の自分は「偽りの私」なのでしょうか?

 

本当は…

 

素の私=言いたいことが言える

 

という不可解な理屈がそのように述べているのではないんだろうか?

この問題を考えるにあたって、そのように都合良く、実は振舞っていたんじゃないか?

そんなことを考えてしまいました。

 

 

人に「100%の顔なんて存在しない」と考えるのが得策

 

掘り下げていきましょう。

きっと、あなたも私も本当の自分の顔を…実は、知らないと思います。

何故、そのように私が考えるのかを1つずつ紐解いていきましょう。

 

ある程度の感情は、コントロールできるものだから

 

実は、人の感情は、コントロールできるのです。

あなたは、ご存知でしたか?

 

唯一コントロール出来ないであろう感情は…「笑う」かもしれませんね。

 

笑ってはいけない場所で、自分の笑いのツボに入ってしまった時には、コントロールしようと試みるのに、吹き出してしまって、少々恥ずかしい目に遭ったという経験をお持ちの方もいるかもしれませんね。

 

また、「泣く」という感情もコントロールしようとするけれど、涙が溢れて、泣いてしまうという結果を生むこともあります。

 

笑う感情と泣く感情は、ちょっと押さえが難しいけれど…

明確なのは、コントロールしようとしている自分がいるはずです。

 

一方、悲しい感情は、隠そうと笑顔でいることも可能ですよね。

 

そして、問題になる部分かな?と思うところが「怒り」という感情です。

 

怒りについては、とっても簡単。

怒りの感情は、1番無意識にコントロールしているんですよね。

 

意外ですか?

 

今回、悩みの種になった友達に対して、直接本人に怒りましたか?

 

友達にムカついたことがあったんだよね!と話す時、割と冷静に自分がムカついた経緯について話す自分がいるはずです。

 

怒っていたら、逆に何かの作業がはかどったというケースもあるでしょうし、怒っている時に、目上の人に出会ったら、笑顔を作ることも可能なはずです。

 

本当は、無意識に1番上手にコントロールしようとしているのに、1番問題視されるのが「怒り」の感情であるということです。

 

よって、気持ちを素のまま生きていたら、大変なことになりそうですよね(笑)

 

 

社交辞令という文化が良くも悪くも働く

 

社交辞令

日常から行事風習などといったあらゆる場面での人間付き合いにおいて、物事を円滑に進めるために発言することが望ましいとされている挨拶や相手を誉める言葉。これは行うことにより相手に対して本音を言っている場合と、止むを得ずであったり利益のために相手に対して不本意や偽りの態度をとっている場合とが存在する。2010年には深く考えずに軽い気持ちで相手を誉める傾向が強いという社交辞令女子なる女性が増えていると報道された。

出典:weblio辞書 ウィキペディアより

 

何だか複雑な言葉ですよね。

褒め言葉で使うこともあれば、その場を円滑にするために使う言葉であるという2つの意味を含んでいるんですよね。

 

いつしか、社交辞令という行為が好きでなくなってしまった私がいるように思います。

 

相手に同調しておいた方が無難だと判断すれば、お世辞も当然言わなければ、人間関係が上手くいきませんよね。

 

言われる側も本音を言われる事よりも、社交辞令で返してくれれば腹も立たないのに…

 

と、なんともまぁ、双方身勝手な理屈が出来上がってしまったものです。

 

1番例題として、わかりやすいものになると…

プレゼントをもらった時、その中身に反応を示すのか、行為に反応を示すのか…

 

私の友人(♂)は、昔、彼女にプレゼントをあげたら…「えぇ?これ?」といった反応だったそうです。

すかさず、出来た私の友人は…

「俺、そういう態度取られるの好きじゃないから、もうキミにプレゼントなんてあげない。それ、いらないでしょ?返して」

と、ハッキリ言い返しました。

 

プレゼントの質に目が行けば…それは、もらった側の気に入る気に入らないが出てしまいますが…

 

着目するべきは、相手がどのような気持ちで自分にくれたものなのか

そこを考えることが出来れば、社交辞令で返す事もなく

 

心のこもった「ありがとう」が言えるものだと思います。

 

言葉の使い時は、間違えないようにしたいものですね!

 

 

人によって合わせる傾向が強いor個性を貫く派?

 

ちょっと、難しい部分かな?と思います。

 

あなたは、いつ何時も自分の個性を貫くことは出来ますか?

 

まず、出来る人は少ないでしょう。

 

自分の個性を貫くためには、己が強くなければなりません。

その強さは、自分のキャラが一変することのない自分であることが大切です。

 

そう、ちょうど表現するなら孤高に闘うようなファンタジーの世界に生きるような戦士であるくらいがちょうどいいのです。

 

  • ○○さんといる時の自分は、ノリノリなキャラ
  • ○○さんといる時の自分は、真面目なキャラ
  • ○○さんといる時の自分は、おバカキャラ
  • ○○さんといる時の自分は、自分が優位
  • ○○さんといる時の自分は、自分は立てる役など

 

大体、○○さんといる時の自分は、というのが決まっていると思います。

 

それを妨害するのが、社交辞令というものであったり、感情であったりするわけです。

 

気が楽な人が相手になることもあれば、緊張するような相手と関わらなくてはならないことだってありますよね。

 

でも、ずっと変わることなく、自分でいることって難しいものです。

 

あれ?そもそも…自分って、何?

 

 

自分自身が自分をわからないのだから、友達のことを理解出来ないことは、至って普通で、必然的なこと

 

きっと、悩みが大きい人ほど、混乱してしまっているのではないでしょうか?

 

だって、悪いのは友達!そう思っていたことでしょう。

 

もし、自分自身が上手に貫けている上で、友達が理解出来ないと抱けていたのなら、このコラムよりステップアップしたものが適しているでしょう。

 

基本的には、自分自身の事でさえ、実は…わかりきってなかったんだなという1つの結論に辿り着くと思います。

 

自分自身が、時と場合によって変化をするのに対し…

 

友達が、時と場合によって変化をすることは「異常だ」と思うのは何故なのでしょうか?

 

 

単純にあなたが友達のキャラ設定をしてしまったことが1つの要因

 

いろんな場所で、誰しもいろんなキャラに変化しながら生活をしています。

 

極端な言い方であれば、意図的に正義の味方になることもあるでしょうし、悪役に徹することだってあるわけです。

 

友達は「仲間」として、自分の1つの円に属していたでしょう。

このように自分の中にいくつかの円があって、交わったところをランク付けのような評価が加算されて、他人、知り合い、友達、親友(恋人)とステップアップさせていると思います。

 

もちろん、無意識で行っていることなので、敢えて図で説明するとという例えです。

 

例えば、Aさんが友達グループ3に属すると思っていたとしましょう。

その理由は、楽しくて、自分を前向きにさせてくれる人という想いがありました。

しかし、Aさんは、ある日…憧れていた部分を覆すような信じ難い行動に出ました。

当然、困惑してどうしていいかわからず、「許せない」という気持ちが溢れてきました。

 

友達グループ3の位置にAさんが所属していられる自分の条件は、自分にとって楽しい人で、自分の学びになるような人を分類してきました。

 

Aさんの行動によって、そのグループの規則が破られたのですから、矛盾してしまい「友達グループ3」に居住する権限が失われてしまったのです。

 

よって、友達でいることをやめるべきなんじゃ…となるわけです。

 

 

イレギュラーに対応する答えを見つけられない自分だから「友達を許せない」

 

確かに、人として犯すべきでない物事はあります。

 

でも、許すために考える道もそこに対する学びも必ずあるものです。

 

 

自分がこの人はこうだ

 

そう無意識に決めてしまったとしたなら、その人が取ったその時の行動に困惑しても仕方がないのです。

 

自分だって、意外な部分を持っていたんだと気づくこともあるでしょう。

 

悲しいと思うような事柄が、ちっとも悲しいと思わなかったり、逆に怒りの感情が湧いたりするものです。

 

ネットで騒がれる事件に対して、みんなが怒っているのに、自分には、そんなにも怒ることがわからないと思うことだってあるはずです。

 

さきほどのAさんが取った行動も、大きく言えばその程度の事。

 

取った行動は、許せないと結論付けるまで人は早いですが、何故、そんな行動を取ってしまったんだろうと考えるような猶予は短い…

 

何故よりも「許せない」にシフトチェンジしてしまうように思考は出来ているんです。

 

 

あなたが出す結論は…どうやって出す?

 

さて、これまでこんな仕組みで動くのだと書いてきました。

 

まず、あなたの中に、存在するいくつかの円を思い出してみて下さい。

Aさんは、友達グループ3に所属していましたが、あなたは不採用と判断をしました。

 

その時、「許せない」という言葉では片付かないものがあるので悩んでいますよね。

 

まず、円をもう少し広げて考えてみることも出来るはずです。

例として書いた円は、3つが交わる円でしたが、もっと無数な円が複雑に絡んでいると思います。

 

友達は、人生最大の学びの教科書の1つです。

 

Aさんが所属する円を1つ外にするだけでも、大きく自分の中で違ってくるでしょう。

 

Aさんがいた友達グループ3というのは、親友まではいかないけど、仲良しグループなのだと思っていたのなら、単なる「友達」という円まで後退させれば良いのです。

 

何故、排除させないのか理由があります。

Aさんが犯したことは、あなたが何故そのような行動に出なければいけなかったのかを知らないから。

そして、必ず、あなたに学びのあるものも同時に教えてくれている有難い存在であるから。

 

つまり、わざわざ…

「こんなことをするあなたなんか嫌い!許せないから友達やめるね!」

と、言ってしまったとしたら…

 

どっちが、友達じゃないのでしょうか?

 

「許せないから友達をやめる」

 

あなたが友達なら、許してあげてもいいんじゃないでしょうか?

そういう面もあることを理解してあげたら、いいのではないでしょうか?

 

いろんな顔を持つことが、人として普通の事であり、自分さえもわからないものだとするのなら…

 

あなたは、その一面さえも認めないとなります。

 

友達と合わないと思った時には「自分を一生懸命する」ことで、人から非難されることもないでしょう。

 

人と時間を共有すれば、有限なあなたの時間は減っていきます。

その時間を自分のために有効活用すればいいのです。

 

それは、Aさんを仲間外れにすることではありません。

あなたが、許せる気持ちに落ち着くまで、離れる時間を持つだけで十分なのです。

 

何故なら、あの日誰かに覚えた怒りやそれに似た感情は、頭から離れないなんてことはありません。

必ず、頭の中から切り離すことが出来ます。

 

どんなに大喧嘩して、その勢いで別れたとしても…

再会しようものなら、怒りが湧いてくるというのは

 

あなたが敢えて「腹の立つことを記憶から引っ張って来て、似たような感情を引き起こさせている」にすぎないからです。

 

 

【まとめ】自分には甘く、他人には厳しいをそろそろ卒業しよう!

 

自分の行いに誤りがあった時は、誰しも「ごめん」と謝れば、許して欲しいと考えるものです。

 

一方、自分以外の人が間違った行い(間違ったあなたの中にあるルールも多いものです)をしてしまった時には、「許せない」となるのは、おかしな話です。

 

自分は、許されたいのに、他人は、許さない。

 

許されないかもしれないと思いつつも、どこかで許してくれたら…と思うから、「ごめんね」と言う日もあるでしょう。

 

「あなたに許されない行動だ」なんて知らないから、今まで通りに接してくるのは、ごく当たり前ですよね。

そんな気持ちになることもあるよね!

と、友達に手を差し伸べられるのか、拒絶するのか…

 

あなたが選ぶ選択肢は…如何に?

 

 

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すべての人と共存していくために必要なノウハウの1つです。

人に裏切られたら、ラッキー!と思ってもいいのかもしれません(笑)

 

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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私は、いつもどんな今日を過ごすか、どんな明日にしていくかを考えて生活しています。

案外考えずに「今」や「過去」にばかり目が行ってしましがちですよね。

私も以前は、そんな風に過ごしていたんですよ!

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