「あの人がいないと生きていけない…」
そう思えるほど大切な人と出会えたことは、人生におけるかけがえのない宝物です。その想いは、時に私たちを強く支え、生きる力となります。
しかし、その大切な想いが、いつの間にか自分自身や相手を縛る鎖となってしまうこともあります。
それは時に「依存」という言葉で表現されますが、決して悪いことばかりではありません。大切な人を想う気持ちは、人間にとって自然な感情です。
しかし、その想いが過剰になり、相手や自分を苦しめてしまうとしたら、この記事を通して、一緒に考えていきませんか?
何を依存と呼ぶのか?
日常生活や人間関係に支障をきたすほど、その対象に執着してしまう状態とも言えるでしょう。依存状態にある人は、対象を失うことへの強い恐れや、対象にコントロールされたい、またはコントロールしたいという欲求を抱えていることがあります。
もし、相手との繋がりを「共に成長し、支え合う関係」、つまり「仲間意識」と捉えているのであれば、それは健全な関係と言えるでしょう。
しかし、相手を「自分の心の隙間を埋める存在」、つまり「自分の満足、拠り所」と捉えているのであれば、それは依存関係に陥っている可能性があります。
■「依存=仲間意識」は、お互いを尊重し、高め合う関係です。
■「依存=自分の満足、拠り所」は、相手を利用し、自分の欠乏感を埋めようとする関係です。
他者や物理的な何かに対し、精神的にすがる状態を依存と言いますが、依存というレンズを通して世界を見てしまうと、あらゆるものが依存に見えてしまうかもしれません。
依存の対象が物や行動の場合、それらと「共存」している状態とも言えます。例えば、お酒やタバコは、適度な量であれば、生活の潤いとなることもあります。しかし、その関係がバランスを崩し、生活の中心となってしまうと、それは依存となります。
しかし、依存が物理的な何かではなく「人」になった時、そこには、様々な問題が生まれ始めます。
