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闘病・難しい病気への治療の選択肢を後悔する親を子どもは責めていない!! | 幸せの魔法の呪文 AYAME

   

闘病・難しい病気への治療の選択肢を後悔する親を子どもは責めていない!!

 




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コラムには、生きる上で、大切なことだったり、コラムのように考えたら、人生を謳歌しやすくなるような言霊を…「幸せの魔法の呪文」として、UPしています。

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あの日、元気に「行ってきます!」と出て行った我が子。

その知らせは無情にも突然やってきた…神様は、本当にいるんだろうか?

いるのなら、不平等じゃないかい?

次に対面した我が子は、最後に見送った姿とは違った。

緊急手術をしなければいけないほどの病が我が子を蝕んでいたなんて、これっぽっちも気付きもしなかった。

どの日に遡れば、この運命は避けられたんだろう…

 

実は、身近にいるんです。

明るく活発なあの子は、病気知らずだったように見えていた…

クラスの人気者!と、まではいかないかもしれないけれど、ちょっと横着な感じの子。

年頃になってきたからか、ハニカミながらも「こんにちは」って言ってくれる。

私が、その子に出会ったのは…7年も前のこと。

息子たちに比べたら、人見知りもしない。

活発で羨ましいな〜なんて思う一面もあった。

大人しい子とは、お世辞にも言えないかもしれないけれど…小学校高学年にもなったら、男らしい、そして優しい子に育っていた。

息子が不登校児だった頃、いつもその子は、担任の先生に「〇〇は?今日も来ないの?」って、毎日聞いてくれていたんだと、聞かされた。

なんて、立派に育ったんだろう…同じ母子家庭なのにな〜と、少し恥ずかしくなるほど。

と、同時にそんな優しい友人を持った息子が誇らしく思えた。

あの子は、いつも息子を遊びに誘ってくれてた。

公園

発想が豊かなあの子は、鬼ごっこ1つするにしても全力(笑)

普通の公園なんかじゃ規模が足りないから、大きな公園まで出向いて鬼ごっこをする。

敷地の広大な緑地公園なんかだと、見つけるのも大変なんじゃ?と思うけれど、自分が子ども頃だったらと想像すると、冒険心は、満載だなってニヤけちゃう!

そんな子が…病と闘うことになるなんて、想像するはずもなかった…。

どれほどの罪を犯し、罰を受けなければいけないものがあるのだと言うのだろう…

その子のお母さん、私が出会った頃から、同じように母子家庭です。

気さくなお母さんだから、優しい活発な子に育つんですよね★と、納得できるほど。

女手一つ、若いお母さんとは言えないけれど、いつも気さくに、いつも明るく過ごしている印象のある方。

世間話をし合える仲だった頃もあれば、現在に至るまでにいろんなことがあって、引っ越しもして、疎遠になってしまっているけれど、息子がお世話になっていたことについてお礼が言いたくて、やっと話せるように戻れた方です。

あなたは、いつも通り気さくに、いつも通りに振舞う。

あなたは、いつも通り、過ごそうとしていたでしょう。

絶望、悲しみ

同じように今日が終わり、明日が来る…それが当たり前だと感じて生きてきたはずです。

誰も想像もしない。

元気な我が子。

風邪を引く日があるのは、誰にだってあること。

それなのに、誰にでも起こらない出来事が起きるんだろう。

何故、我が子なの?

何故、私なの?

何故という疑問しか湧かないことでしょう。

日常を突然奪われてしまうほどの大罪を何か犯したと言うのでしょうか?

無情にも母子の運命を変えてしまったあの日…

お釈迦様は、物乞いの母子を救わなかった理由がある

前世の行いが現世に影響すると言われていますね。

お釈迦様は、物乞いをするなと札を立てた庄屋さんのところへ物乞いをした母子を救うことをしませんでした。

母は、目が見えず。

子は、幼く、字が読めず。

庄屋さんの家の前には、「物乞いをしたら、ムチ打ちにする」と札を立てていたそうです。

一見、庄屋さんは、この母子の事情を察して見逃してやればいいのにと思いますよね。無慈悲な行いに取れます。

どうにか逃れた母子は、途中でお釈迦様に会うそうです。

お釈迦様は「今度の法話会に来るように」そう告げ去りました。

母子は、その法話会で、庄屋さんが悪いとお釈迦様がお説教して下さるのでは?と期待を込めて出席します。

しかし、そこで待っていたのは…

「その母子は、前世では、庄屋の父として、非情な行いをしたのだ。その因果応報として、今世で仕返しをされているに過ぎない」

そう話されたそうです。

仮にこのような因果応報的な事があったとしても、直接的に記憶のない事の方が大半ではないでしょうか?

若い頃に自分がこんな行いをしたから天罰なのか?と考えてしまうこともあるでしょう。

でも、どんな理由がそこに隠されていたとしても、今を受け止めるしか方法はないのです。

どこか責めたところで、蝕まれている病が治る保証があるわけでもありませんよね。

どうか、ご自分を責めることをなさらないで下さい。

子どもが倒れるまで病に気づかないことは、あなたのせいじゃない!!

私の最後に見たあの子の姿は、授業参観でした。

会釈をして通り過ぎたのが最後に見た姿。

でも、振り返れば…どこか体調が優れない顔をしていたかもしれない。

「振り返れば」という過去を考えても明日は変わらない

私が、あの日、「大丈夫?」と声を掛けたら、何か変わっていたのだろうか?

息子からは、元気が無さそうと聞いていたから、余計に声も掛けることができませんでした。笑顔でいてあげることしか、出来なかったです。

本人も何か感じていたとしても、きっと、他人の私に「そうなんですよ~実は…」と言う訳もないと思います。

そして、何より、本人が本当に体調の変化を実感していたかもわかりません。

他人の私でさえ、あの日ということを振り返りたくなります。

親じゃないから、たまにしか見ないから気づけることもあるのかもしれませんよね。

でも、言えない他人の気持ちもあるものです。

それは、薄情なんかじゃなくて、踏み入れてはいけないかもしれないと思う距離です。

ここで1つ知って欲しいのは、言葉にしなくても、手を掛けることが無くても、心の面で同じように子育てをしようとしている人がいるということです。

病気云々ではなく、子育ては、きっと1人でしていないものです。

いつも全部抱えているつもりになるのが親です。

でも、あなたの心に寄り添おうと行動しなくとも考えようとする人間もいるんです。

悪夢のような知らせだったでしょう…

朝、普通に学校に出掛けた我が子の様態が大きく変化した知らせを受け取るなんて、誰が想像できるでしょう。

熱がやっぱり出たか~!

そんなことを思う日があったって、救急車で病院に運ばれて、緊急手術をしなくてはいけないほどの様態の変化を誰が想像するでしょうか?

ましてや、子ども。

子どもは、親よりも長生きするものだと誰しもが勝手に想うものです。

想像できなくて当たり前です。

自分の親の事でさえ、明日も元気でいるに違いない。

そう思っている人が大半のはずです。

それが普通の人の持つ気持ちであるはずです。

だから、あなたのせいじゃない。

誰も、そんな運命を望まないのだから、誰も責めていい人間などいないのです。

あの子は、今何を想うのだろう…親が間違えているのは、自分を責めることだろう

その子の詳細な現状を知らされていないので、詳しい事はプライバシーにも関わるので書きませんが、二度目の手術をすると言ってから、1ヶ月が経とうとしています。

子どもの気持ちを忘れないで…本当に辛いのは誰?

自分が苦しいと感じることは、誰よりも苦しい事に捉えられることがあります。

それは、当事者であればあるほど感じますよね。

つい、親の方が苦しいと思えてしまうこともあるはずです。

でも、それも間違っていませんよ。

親である前に人です。

あなたが決断したことで、間違っていたかと感じてしまうことがあるでしょう。

自分が○○すると言わなければ、この事態は避けられたのではないか?

あなたは…

そう言われたら、どう感じますか?

あなたが良くなると思って、願いを込めて決断した出来事。

しかし、その期待を裏切るかのような悪夢が始まること…

難しい病気であればあるほど、その選択肢をあざ笑うかのような無情で非情な事態が起きることがあります。

そんな事態に直面すると、自分が期待を込めたことは一体何だったのだろう?

どうしてこんなことになってしまったのだろう?

自分を呪いたくなるほどの、何とも言えない気持ちに襲われるでしょう。

自分を破壊するほどの呪詛を自分に浴びせてしまうかもしれませんね。

 

そこで感じる責任よりも大きな責任を感じるのは、誰だと思いますか?

親子

それは、あなたなんかじゃなく、子どもです。

病に苦しむ当事者の子どもなのです。

何故なら…

あなたが大好きなのに

大好きなあなたを苦しませてしまう結果を生んだ自分を子どもは責めると思います。

あなたの苦しみを救いたいと願う他人だっているものです

行き詰った時、人は、お寺や神社へ出向き、願掛けをする風習が日本にはありますよね。

俗に言う神頼み。

看病で疲れていても、藁をもすがる思いで神社に出向くことがあると思います。

その姿…知っている人だっています。

そして、同じように祈願しに出向く人だっているんですよ。

元気になって欲しい。

また、笑って欲しい。

そう願うのは、あなただけじゃない。

上述したように、子育ては、実際に手を掛ける事だけを指さないと思います。

こうして、ネットで言葉を書き続ける私も誰かの子育てに参加したいから書き続けているものがあるのです。

私も同じ神社で手を合わせてきました。

不思議なことに、そこにいる龍神様が姿を現しました。

過去にも何度も手を合わせているのに、そんなことに遭遇したことはありませんでした。

この龍神様のご利益がきっとあるはず…そう信じている私ですが、無情にも現状は、良い知らせを受けられる状況下にはいないようなことが想像できます。

 

息子は、今日もLINEを待ち続けています。

同じく、私も、ナタール先生も。

最後に、治療の選択肢の結果に悩むあなたへ

そして、全国、世界中に苦しむ子どもが沢山いて、治療の成果が出ない今と向き合う人たち、治療が受けられない人たちがいることでしょう。

医学が万能であれば、悩まない問題かもしれません。

時に、医師が憎いでしょう。

自分の取った行動が間違っているのでは?そう感じて心を痛めているかもしれません。

でも、あなたと同じように心を痛める他人もいます。

万能な結果何て、過ぎてしまってもわからないことが私たちの過ごしてきた人生で物語っています。

どんな言葉も励ましにもならないかもしれません。

でも、忘れないでほしい。

子どもは、あなたを恨んでもないはず。

自分が辛くとも、現在意識がなかったとしても、あなたを想う気持ちは変わらないはずです。

 

彼のお母さんと同じように悩む方が救われますように☆

その想いを込めて、シェアして下さったら嬉しいです。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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